先日、ある韓国語翻訳家がいかに翻訳ソフトウェアに仕事を奪われていったかという話を読んだ。この人物は、1994年に初めて韓国語の翻訳ソフトウェアに出会い、まだ性能は低かったものの、機械に仕事を奪われる未来を直感した。
私も同様の経験がある。
私は、ソフトウェアエンジニアだった。子供の頃からプログラミングには親しんでいたので、プログラミングの仕事に馴染むのは比較的簡単だった。最初はアルバイトから始めて、結局、30年間、断続的にプログラミングで生計を立ててきた。
プログラマーにもいろんなタイプの人たちがいる。コード補完で、ツール(エディターやIDE)にコーディングを手伝ってもらうのが好きな人たちがいた。コード補完は、コードの一部を書くと、機械的なルールを使って、残りを自動的に入力してくれる機能である。だが、私は、コード補完には否定的だった。自分が思った通りに補完してくれないとかえってストレスを感じたからだ。
やがて、Github CopilotのようなAIツールが入ってきて、例えば関数名を入力するだけで、その名前から内容を推測して、かなりの量のコードをよろしく自動生成してくれるツールが現れた。私はこれにはかなり驚いたが、まだ少し懐疑的だった。関数名からの推測ではまだできることは限られているだろう、と。
しかし、ChatGPTで「100未満の素数を全て求めるプログラムを書きなさい」などと自然言語で指示すると、完璧なコードをただちに生成してくれるのを見るのに至って「ああ、もうかなわないな」と思った。私は、自分の手元のデータを整理するために、10行程度の簡単なプログラムを書くのが好きだったが、もはやその手のコードはAIに頼めば数分で完成してしまうのである。
私はそれなりにプライドを持ってコードを書いてきた。コードは人間しか書けなかったし、その技を磨くことには意味があるように思えた。しかし、簡単な自然言語で指示するだけで、精巧なプログラムをたちどころにAIが作ってくれるようになって、コードを書くことに注力することが急にバカバカしく思えてきた。確かにいまはまだAIは完璧ではない。だが、これからどんどん性能は上がっていくだろう。いずれは、既存の複雑なソフトウェアの全体像も完全に理解し、顧客とインタラクティブにやり取りしながら、改修や新規機能の追加ができるようになるのではないか。そういう未来が見えてしまったのである。例の韓国語翻訳家にとっての1994年のような瞬間が私にとっても訪れたのである。
この人物にとって、機械翻訳に初めて出会ってから、仕事がほぼなくなる状態になるまで、20年間ほどの時間を要した。確かにソフトウェアエンジニアもAIの進化に伴い仕事のやり方を変えながらも、これから20年くらいは仕事を維持できるのかもしれない。しかしその間も、どんどんエンジニアの数も報酬額も減っていく可能性がある。
こうした変化が今後、社会の至るところで起こるようになるだろう。ある日、AIまたはAI搭載のロボットが職場に現れる。それは自分が今やってきた仕事の一部を自分よりうまくできるようになる。多くの人たちは「なるほど便利だけど、自分を失業させるほどの能力ではないね」と胸をなでおろす。最初のうちは、AIは自分の仕事を効率化してくれ、より多くの成果と報酬をもたらしてくれる。しかし、AIは不断に進化していく。自分の仕事のより多くの部分をAIが肩代わりしてくれるようになるにつれ、働く人は働き方をどんどん変化させていく必要がある。そして、しまいにはとうとうその人自身が不要になり、解雇されてしまう。
AIは最初は無関係の存在だった。それが自分の職場に入ってまずは自分の仕事を効率化してくれる(補完性)。やがて自分の仕事をどんどん変化せて行き、最後は人間が不要になる(代替性)。多くの場合、まず補完してくれて、最後は代替されるというパタンで、AIは人間の仕事を奪っていくだろう。
いまのAIは言語を巧みに操るけれども、まだその仕事が行われている複雑な社会的背景については理解できていない。だから、そういう様々な人間臭いことを配慮して意思決定するマネジャーのような立場には立てないと信じている人も多いだろう。また、いまはまだ知的な人型ロボットが社会に普及していない。スーパーの店員やら、宅配便の配達員やら、無数の現場仕事がどうやって機械に置き換えられていくか、想像がつかない人が多いかもしれない。
しかし、ある日突然、職場の人間関係も取引先との関係も完璧に理解した「人間臭い」AIが登場して、完璧なマネージャーとして振舞い始めるかもしれない。知的な人型ロボットやドローンが現れて、次々と人間の肉体労働を代わりにやってくれるようになるかもしれない。
いままでは新技術の登場に伴う技術的失業は、別の職種が生まれることで解消されてきた。それはいままでの技術が十分に知的ではなく、新しい技術を使うのに、人間の判断力が必要だったからだ。だが、AIはもともと高度な判断力を持っている。いまはまだそれが不完全だから、人間がAIを補助する必要があるが、もしAIの判断力がさらに高まっていけば、これも不要になる。つまり、すべてAIだけで完結するようになるのである。
AI技術の進化スピードは正確に予測できない。しばらく停滞するかもしれないし、さらに短い周期でブレイクスルーが頻発するかもしれない。ただ何も変わらない方に賭けるのは危険だと思う。未来予測は保守的にやったほうがいい。AIがさらに進化して、AIの仕事を全面的に置き換えていく未来を予期し今から備えていくことが重要だと思う。