We Won't Be Missed: Work and Growth in the Era of AGIという論文を読んだ。Xのポストで見かけたからだ。
論文の逐語的な解説は割愛する。もし興味があれば、NotebookLM に尋ねればたいへん分かりやすく解説してくれる。
この論文の面白いところは、AGI(汎用人工知能)時代には、人間の労働の価値は「どれだけ計算資源を節約できるか」で決定されると考えている点。AGIは定義からして人間のあらゆる労働を肩代わりできる。しかし、計算資源は有限であり、正のコストを持つ。仮にAIが何でもできるとしても、人間がAIの代わりに仕事をすれば、計算資源を節約し、AIは他のタスクを実行することができる。だから、AGIがやってきても、人間はその計算資源を節約できる分くらいの所得は得られるだろうと言っている。
この論文は仕事を経済成長に寄与するボトルネック仕事と寄与しない付随的仕事に分けて考えている。どうやら、AGIの時代では、人間が全く関わらなくても経済成長しつづけられるということを主張するためにこういう理論的な枠組みを用意したっぽいが、私はその意義が最後までよくわからなかった。
AGI時代になると、AI自身が自ら計算資源を増やし続けられるという。それはそうだろう。AGIは人間のあらゆる労働を代替できるのだから、自分でデータセンターを作ったり、新しいエネルギー源を開発することはできるだろう。人間の労働は、計算資源の節約という限りで価値を持つ。しかし、明らかに人間の労働はほぼ増えないのに対して、計算資源は年々増えていくのだから、生産に投入される資源のうち、人間の労働が占める割合はどんどん減っていく。投入に比例して報酬が得られると考えれば、労働分配率が減少し、ゼロに漸近するということだ。逆に言えば、計算資源(AI)の所有者の報酬を意味する資本分配率は100%に近づいていくということだ。
計算資源に対する所有権が社会で平等に分配されていない場合(一部の人たちに資産が集中している場合)、深刻な所得格差が発生し、社会不安が起こる。私の目から見るとこの論文は特に特に目新しいことを言ってはおらず、多くの人たちが警鐘を鳴らしているように、経済のAI化が進むと、貧富の差が拡大するという結論では同じである。本当は、このAIによる貧富格差の是正をどうしたらいいのか?という研究を見てみたいのだか、難しい問題なせいか、私はいまのところあまり目にしたことがない(たぶんこれは私の不勉強にすぎず、あることはあるに違いない)。
この論文の良いところは計算資源(compute)という抽象化によって、人間の労働に代わる重要な生産要素を提示した点である。計算資源はちょうど人間の労働時間と同じようなものだ。それを投入することで生産が行える。この論文は取り上げていないが、計算資源をさらに突き詰めるとすれば、大元はエネルギーではないだろうか。
計算資源といえば、データセンターのようなコンピュータ群を思い浮かべる人たちが多いだろう。しかし、AIとロボットによる自動化が進んだ世界において、何が一番重要かと言えばエネルギーだろうと思う。エネルギーさえあれば、AIやロボットに鉱山を掘らせ、金属を精製し、工場を動かして機械をつくり、その機械を動かすことができるからである。
だから、「AIが自ら計算資源を年々増やしていける」というのは「AIが自らエネルギー源を年々開発していける」ということに等しい。
またこの論文は地政学的な競争については何の言及もない。世界が一つの国であるかような仮定で議論が進む。しかし、実際は世界は約200の主権国家に分断されている。そしてこれらの国家は経済・政治・軍事などの面で激しく競争し合っている。AGI時代には事実上「労働」という伝統的な生産要素から解放されるとすると、国家の競争力を規定するものとして、代わりにエネルギーがいかに安価に豊富に入手できるかが極めて重要になるだろう。
利用可能なエネルギー量の上限という意味では、再生可能エネルギーは実は化石燃料よりずっと多い。なぜなら、化石燃料は古代の生物が受け止めた太陽エネルギーが閉じ込められたものであって有限なのに対して、再生可能エネルギーの設備は、これから太陽からやってくるエネルギーを捉えることができるからだ。核分裂や核融合という核エネルギーに期待する向きもあるが、少なくとも地球上では扱いが難しいエネルギー源なので、再エネより安価になるのは相当困難だろうと考えている(確かにAIが完全に核エネルギーを完全に管理できるようになれば状況は変わるかもしれないが、向こう数十年以内には難しいだろうと考えている)。
当面の間は、再エネ大国が同時にAI化を最も徹底する経済を持つ可能性が高い。そう考えると、正直、いますぐ心に浮かぶのは、中国だ。これから10年で膨大な量の再エネを増設するだろう。AIやロボットの研究開発も米国と世界一の座を巡って激しくつばぜり合いをしている。
もちろん、潜在的には米国も再エネ大国になりうる(いまは政治的に停滞しているが)。AIの研究開発も進んでいくだろう。他にも安価で大量の再エネ開発に成功した国々はAI大国になる可能性がある。
話を元に戻す。この論文では、人間の労働を計算資源の節約ができるという価値があるものとして再定義しているのは興味深かった。計算資源≒エネルギーなので、安価で豊富なエネルギーの確保が今後は極めて重要になる。ただ、一番肝心な問題、つまりAI化経済の貧富格差の拡大という深刻な問題については、またしても何のヒントも得られなかった。この点は、今後も引き続き考え続けていこうと思う。